今年よかった本2023
2023年も終わりに近づいているので、今年読んだ本で印象に残っているものを振り返ってみる。
日本文学
『口訳 古事記』町田康(講談社・2023)
今年中に読み終わりたかった本。
どうにか間に合った。
これに出会わなければ古事記を読むこともなかった。
日本のいわゆる八百万の神というのは、けっこう感情のままに生きており、ムチャクチャなことをやっている者も少なくない。
とくにヤマトタケル。
他人から何かをぶんどったりとか騙したりとかが頻繁に出てくる。
わりと奔放なのである。
また、ピンチの状況なのに呑気とか、人間らしいところもあったりする。神なのに。
聖書や論語に比べると教訓めいた話が少なく、古典らしさが意外にも薄いということを知らなかった。
それらが町田康によるコテコテの?関西弁で書かれているのでよりそう感じるのかもしれない。
表現手段としての関西弁って改めて面白いなと思った。そういう表現を持っている方言話者をうらやましく思った。
それにしても、ムチャクチャやってる神々とその後の近現代日本人の国民性が合致しないなと思った。よくこんな抑制された日本人になったな。
それとも、神(力のあるもの)だからムチャクチャできるという構造は現代に通ずるものがあるのだろうか。それはわからない。
『列』中村文則(講談社・2023)
「不条理もの」と定義していいのかわからないが、自分はこの手の「なかなか物事が前に進まない」「何をさせられているのかもわからない」という状況の話や世界観がけっこう好きである。カフカの『城』とか、最近読んだ中では桐野夏生『日没』とか。
で、『列』である。とにかく並ぶのである。
列に憑りつかれている人間は最悪だ、という表現が出てくる。
自分のことを言われていると思った。
自分にとって列とは何か?なぜ並ぶのか?なぜ離脱できない、しようとしないのか?
作中最後にでてきたある言葉を、今年はおまじないのように唱えていた。
たびたび読み返したいと思う。
『水車小屋のネネ』津村記久子(毎日新聞出版・2023)
もちろん語りたい。
姉妹とヨウムの40年間を描いた話なのだが、現代って持っているものが完璧でないと息苦しさや肩身の狭さを感じたり、自分は人に影響を与えられる人間じゃないと落ち込んだりするじゃないですか。
でもそうでなくても生きていけるし、もちろん生きていていいし、目の前の人に何かすることができるということに目を向けさせてくれる優しい小説だった。
人に親切にすることの意味を改めて考えたりした。
津村さんの小説は、たとえば成功者とかキラキラした人々、もっと言うと自分の観測範囲内の「ふつうの人々」ばかり見ていると見過ごされてしまう人々の営みを書き出しているし、それが小説というものの一つの役割だと私は思っている。
なお、この小説で谷崎潤一郎賞を受賞した津村さんですが、その賞金を子供のための社会的事業のために寄付なさっています。
『スター』朝井リョウ(朝日文庫・2023)
朝日新聞出版
発売日 : 2023-03-07
|
『正欲』が話題の朝井リョウ氏だけど、私は断然こっちである。
氏が『桐島、部活やめるってよ』でチャットモンチーについて言及していたのを読んだ瞬間に、自分の中で同世代の表現者の代表だと確信した。
本書では学生時代に同じ志をもって活動していた二人の表現者のその先を描いている。
主人公は映像を作る人間だけど、どのジャンルについてもここで描かれているような対立構造は発生しうる。一言で言えば軟派と硬派とでもいうような。
しかしそれは対立ではなくてそれぞれの需要として成り立っている。
読んでいて付箋だらけになったし、言いたいことも多すぎるのだが、まとまらないのでここでは一部の引用にとどめる。
P369「私いままで、自分は”大は小を兼ねる”の”大”なんだって思ってた、(略)高度で確かな技術が一番素晴らしくて、それさえあればその下に連なるどんな欲求にも対応できるって思ってた。」
「そもそも欲求には大も小も上下もなくて、色んな種類があるだけなんだよね」
P371「誰かにとっての質と価値は、もう、その人以外には判断できないんだよ。それがどれだけ、自分にとって認められないものだとしても」
誰もが発信者になれる時代で何者でもなくいることに引け目を感じていたのだが、『スター』を読んで少し楽になれた気がした。
海外文学
『地球の中心までトンネルを掘る』ケヴィン・ウィルソン(創元推理文庫・2023)
短編集は好きな作家か、古くからの名手と言われている人のものしか手に取らないのだが、これは私の好きな津村記久子さんが巻末にエッセイを寄せているということで読んでみた。
メチャクチャ面白かった。
設定はSFっぽいというか、まあ現実離れしていることがほとんどなのだが、でも本当にこんな世界があるような気がしてくる。
アルファベットの文字を拾い集める仕事の話が出てくるのだが(この説明では意味不明だと思うので読んでみてほしい)、そこで働く自分の姿が容易に想像できた。
自分はアメリカの生活なんて全く知らないんだけど、アメリカにもいるであろうイケてない人間の気持ちになっていたりして、異国の人間にもはっきりと場面が想像できるのは不思議だし文学のいいところだよなと思った。
アメリカでイケてなかったらさぞつらいんだろなといつも思う。
「イケてない」を定義づける要素がより複雑というか…厳しい国だと思う。
実用書
『ちゃんと「読む」ための本 人生がうまくいく231の知的習慣』奥野宣之(PHP研究所・2023)
この本を読んで、週に一度は新聞を読んだり、出版社PR誌を定期購読するといった新しい習慣を取り入れてみたが、今のところ楽しく続いている。
そういう新しい風を取り入れるきっかけになったので選出。
ノンフィクション
『サーカスの子』稲泉連(講談社・2023)
幼少の頃、1年間サーカスの共同体で過ごした筆者による回想録と、元サーカス芸人たちへのインタビューで構成されている。
先ほどの津村さんの小説の話ではないが、ここにもその共同体の中でしか共有されない文化や生活がある。
サーカスに魅入られた人は、一生サーカスに憑りつかれるのだ、それほど強い求心力のようなものがサーカスにはあるのだと思った。
憑りつかれるというのは強い言葉だけど悪い意味ではなくて、インタビューを受けた元芸人たちはもうどうしようもなく身体も精神もサーカスに染まってしまって、退団(降りると言うようだ)した後は一般的な生活とのギャップに苦労するようである。
サーカスの人々にとってはサーカスこそ宿命だったのであり、我々も生まれや育った環境に左右された人生を送っていることは同じなのだと思った。
振り返ってみると講談社が多かったな。
まだまだあるけど、とりあえずこんなところで。
良いお年を!